何でもありの一般病棟で働いていた時の話し。
認知症ってのは本当に想像の上を行く。90歳を過ぎた爺さん婆さんとは思えない怪力。さらに俊敏性まで装備している事もある。予想外の事が起こるのは面白くて好きだが、夜は静かに寝てほしいものだ。

そういえば、この前の飲み会で顔面流血事件の話をしてたぞ。あの騒動を知ってるスタッフも少なくなったけど、あの事件は今でも俺の珍事件ベスト10には入るわ。

当事者を差し置いて勝手にコレクションしてんじゃねーよ。懐かしいな。あれは反省する事がたくさんあったな。
看護師4年目ぐらいの夜勤中。夜中の巡回で各部屋を回っていると、空き部屋からかすかに人の気配がある。覗いてみると真っ暗な部屋のベッドの上で正座している認知症の爺さんを発見。廊下を徘徊して自分の部屋が分からなくなったんだろう。爺さんは言う。

お主。何者じゃ!

拙者の気配に気づくとは。お主、ただ者ではないな。
という具合に少しふざけて返した結果…。『キエェーーー‼』と奇声をあげながら杖で殴られた。騒ぎを聞きつけ超特急で駆け付けた看護師1年目の女の子。真っ暗な部屋から顔面血だらけの俺が出現。爺さん以上の叫び声が深夜の病棟に響き渡る。

病院。真夜中。空き部屋から顔面流血男。誰でも叫ぶわ。事件の後、後輩もしばらく休んでたしな。ばっちりトラウマやんけ。1年目やのに可哀そうに。
少し悪ノリした結果、警察まで現場検証に来る事態へ発展。事情聴取した警察官の呆れた表情は忘れられない。コミュニケーションは難しい。我ながら良い返しだと思ったが、こんなに大ごとになるとは。メガネが粉砕されただけでなく、後輩のメンタルも崩壊させる事になるとは…。看護師は予測・予期する事が大切なのに、俺には能力が足りなかった。激しく反省した。

『激しく反省した』じゃねーよ。90過ぎのジジイの一撃やろ。避けろよ、普通に。

あほか。ベッド上から飛び掛かって来るんやぞ。避けたら普通に転落事故やんけ。事故報告書出さなアカンやんけ。お前な、冷静になって普通に考えてみろ。『何者じゃ』って言われたら『拙者は…』って誰だってなるやろ。自然の摂理やろ。

確かにそれは否定できん。しかし、なんとかして捌けって。顔面血まみれ、ジジイ発狂、後輩パニック。カオス過ぎるねん。夜中に何してんねん。

一回やってみたかってん。『真剣白刃取り』ってやつ。何故かあの時は出来る気がしたんや。暗すぎて全く見えなかったけど。でも次は出来そうな気がする。

まず、昼間に明るい所で練習してからな。後、あれは主人公だけが出来る特権やからな。モブのアナタじゃ無理やと思うで。